大学や大学院の小論文試験を誰が採点するのか?
それは、言うまでもなく大学教員です。そうした大学教員にとって、研究と教育が職務ということになります。
わかりやすくいえば、前者は、自身が研究者として学会で発表したり、論文を執筆することを意味しています。
後者は、所属する高等教育機関で教育活動、主に講義をおこなうということです。
では、高等教育機関に所属する大学教員は、どのような論文を執筆しているのでしょうか?
さまざまな形式や形態で確認することができます。例えば、researchmapというサイトにアクセスし、「研究者をさがす」というタブから日本国中の研究者を検索することができます。氏名や所属、職位などを入力すれば、大学教員が表示されます(研究者間でこのサイトは一般的です)。
ポピュラーな名前として「鈴木」と入力すると、約4000人の研究者が検索結果に表示されます(2023年8月末現在)。そこには、所属や学位、研究分野や経歴といった基本的な情報から受賞歴のみならず論文(リンク付き)が掲出されています。
論文は、査読付きと査読なしの二つに項目が分けられています。前者はその学問領域の学会誌への投稿・掲載、後者は書籍等出版物として市販の商業誌、辞典や教科書など、さまざまな媒体が対象とされています。
つまり、このサイトは研究者が業績を成果物として自身で登録しています。
小論文の採点者である大学教員は「どう書くのか?」が、このresearchmapに掲載されている成果物を読むことでわかります。
しかし、各専門領域の論文を読むことは、高校生や大学生にとって、決して容易なことではありません。また、そうした論文は、社会人にとっても近づくことさえできない、専門性を携えています。例えば、医学部の先生による専門的な内容から構成される論文は、「なにが書かれているのか、ほとんどなにもわからない」ということになります。数学、物理、化学など自然科学のみならず、人文社会科学の論文も読解することすら困難という障壁に対峙することになります。
したがって、多くの大学教員は、学問のプロフェッショナルであるといえます。大谷翔平選手の投げるボールを草野球のバッターはバットに当てることさえできない、藤井聡太棋士の指す駒が進撃してきた際にアマチュアはなんら対応できないということから、その困難さを想像するのは難しくないでしょう。
では、そうした高い専門性をもつ大学教員が学部生へどのように教えるのでしょうか?
それを知ることができるのは、大学のシラバスです。大学のシラバスは、教員が講義について学部生向けにコンパクトかつ端的に書いています。
つまり、大学入試の小論文対策としてこれ以上なく、うってつけの教材であるともいえます。シラバスを読めば、「答案に求めている要約とはなにか」がわかります。
言い換えれば、採点者である大学教員は「どのように書かれたものを『要約』と考え、捉えているのか」をひじょうに明確に知ることができます。
具体的な事例として、早稲田大学のシラバスを取り上げます。その理由は、シラバス検索のWebサイトがオープンされており、誰でも大学や大学院の講義について見ることができるからです。キーワード、レベル、科目名、教員名のほか学期、曜日、時限、授業方法区分など、さまざまな条件で調べることができます。
例えば、キーワードとして「公共経済」と入力してみると、80件以上の講義がヒットします。そのなかで、「公共経済学 01」という講義を試しに選択してみましょう。ここに「シラバス情報」が掲載されています。
これが、小論文試験の採点者である大学教員の先生による「要約」のお手本です。
注目すべきは、次の二点です。それは①副題と②授業概要です。
①副題は、
「市場の効率性と、情報の非対称性による効率性と公平性のトレードオフ」
早稲田大学シラバス検索システム
で、約30、40字です。大学教員による自身の講義の要約です。
(調べてみると、早稲田大学政治経済学部で教鞭をとられる安達剛准教授による講義です。直接お会いしたことはないものの、おそらく相当優秀な研究者であることがシラバスから推察されます)
1コマ90分で半期15回分の講義について一言で書き表しています。おそらく「公共経済学」の教科書、テキスト1冊分となる講義内容を30、40字に要約しているのです。
これが、大学教員という学問のプロフェッショナルがおこなう要約です。
こうした要約をほんの数分、数十分のうちにおこなう早稲田の先生をみてきました。「プロのすごみ」がシラバスに凝縮されています。
副題は、内容の理解はさておき、
「A(市場の効率性)と、B(情報の非対称性による効率性)とC(公平性のトレードオフ)」
という構造で書かれています。つまり、「Aと、BとC」ということです。
大学入試の小論文試験で「要約せよ」という設問が出題された際に、大変参考になります。
A・B・Cという三項を表現する際に、BとCは一括りにしたいものの、Aとの関係について「どのように書けばよいのか」を指し示しています。
◎3つの関係性を工夫して表現している
「Aと、BとC」と記述することによって、「BとC」の二項関係を示しつつ、それらが「A」との三項関係になっていることについて句読点で句切ることで表現しています。
ぜひ参考にしましょう。
②
次に授業概要をみてみましょう。
公共経済学は、資源配分問題における政府(公共部門)の役割を分析する経済学の分野である。市場の効率性は特定の環境下では失敗するし、またその公平性に対する機能は限定的である。しかし一方で政府の持つ情報も限られており、政府の介入は民間主体のインセンティブ問題を招く。その制約の下で、政府は効率性・公平性の実現のための政策(セカンドベスト)を追求する必要がある。
この講義では、まず市場の効率性の本質的な意味を再確認する。その上で、政府が目指すべき目標をどのように設定すべきか、という問題について経済学における2つの理論を学習する。次に、政府内の意思決定の問題が政策の選択に与える影響について学習する。最後に、最適課税の理論を通じてインセンティブ制約下での公平性と効率性のバランスの問題について、公共財供給メカニズムを通じて市場の失敗の下における制度設計の問題について学習する。
早稲田大学シラバス検索システム
400字ほどで、授業概要をまとめています。
そして、注目すべきは序文(一文目)です。一言で公共経済学について短くまとめています。
要約とは、《全体を俯瞰し、正確かつコンパクトに、序文で全体像を指し示すことである》という点がきわめてよくわかります。
これが、要約の基本です。
また、「しかし一方で」を設置し、先に副題で示された「A」と「BとC」という二項関係をこれ以上なく明確に書き表しています。つまり、副題を続く文章で端的に説明しているのです。
さらに、二段落目では、「まず」「次に」「最後に」という《論文の基本的な作法》を用いて、この講義でなにをどのように学習するのかを整理して3ステップ(三段階)で示しています。
実に、「400字で要約せよ」といった小論文試験における基本設問の「お手本」となっています。
つまり、まとめれば、「公共経済学」という学問分野について、展開する講義を30、40字でタイトルを付けたうえで、400字ほどで要約してシラバスとして掲出しているのです。
これは、大学入試の小論文試験で課題文が与えられ、尋ね方は直接あるいは間接のいずれにせよ、その課題文をたとえば40字でまとめ、400字で要約するという設問と通底しています。
多くの大学がそうであるように、シラバスは制限字数が設けられ、各教員はそのフォーマットにしたがって書き上げ、要約します。優れた研究者のシラバスは、徹底的に論文の訓練を受けたことを如実に表します。
なぜなら、講義内容に相違はあれど、トップ研究者のシラバスは学部生でも理解できる用語を使いながら、わかりやすく徹底して《論文形式の基本的な作法》に則っているため、ややもすると「似ている」印象をもたらすからです。
教科書の文章に「個性」を感じ取らないように、優れた大学教員の講義はその内容や構成に独自性があるのであって、シラバスの文章や要約はあくまでも「個性」を感じさせず、《論文の基本的な作法》に忠実であることがわかったと思います。
ぜひ、小論文の試験対策として大学シラバスを活用するということを受験生のみなさんに勧めたいと思います。
要約の基本
要約では、全体を俯瞰し、正確かつコンパクトに、序文で全体像を指し示す。
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