横浜国立大学 一般選抜 小論文の概要と分析
都市科学部 都市社会共生学科[前期]
【ポイント】
卑近な表現をすれば、「論じる腕に覚えのある人、集まれ!」というような大学の洒脱なメッセージが感じられる良問です。
令和5年度の問題で、[文章A][文章B]の2題が与えられ、それぞれの課題文の下線部該当箇所についてコンパクトにまとめさせたうえで、双方の文章から立論することが求められています。
大学入試小論文で課題文が2題与えられることは多くありません。また、それぞれの論考の立脚点や位置関係に関する測定に基づいた考察を求める出題も少ない(一方で、旧帝大は複数の課題文を設置することが多い)。しかし、大学に入学すれば、2つに限らず、複数の学説や論考の共通点や相違点を特定したうえで、先行研究をマッピングし、自身の論を位置づけることが一般的です。したがって、ある意味で大学水準の立論のミニチュア版を試験で行わせているともいえます。
[文章A]について概説すれば、社会学において「戦争社会学」と名指される学問領域があります。課題文は朝日新聞の発行する、ややアカデミズムに寄せた月刊誌『Journalism』の寄稿文で、戦争にまつわるナラティブと報道、経験の継承について論じたものです。「戦争社会学」に仕分けされそうな論考です。
文中にある見田宗介は東大社会学のいわば「ボス」です。「見田社会学」と呼ばれ、弟子筋の研究者は日本における社会学のメインストリームを形成するほどの日本における重要論客です。見田の新書も小論文対策になるし、課題文として採られる可能性も十分あります。
[文章B]は、またしても岩渕功一が編者を務めた『多様性との対話』からの出題で、ジェンダー研究で知られる清水晶子(東大教授)の寄稿から採用されました。この文献から2022年度のお茶の水女子大学 文教育学部[後期]一般選抜でも課題文が採られています。奇妙な言い方になりますが、国立大学の教員にとっていわば「芯を食っている」論考なのです。学問における批判的な姿勢とはなにかについて高校生に問いやすい示唆に富んだ論考ということです。
(参考までに言及しておけば、海外で「クイア・スタディーズ」は、社会学や現代思想のフィールドでいま、大きな注目を浴びる学問領域です。余裕のある人は、ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル』などに目を通しておくとよいでしょう)
注目すべきは、設問に「あなた自身の体験(または見聞きしたものでも可)」と指示されていることです。これは、高校生という大学教員よりも一回りも二回り以上も若い人が「うむむ(溜息)社会現実はそこまで来ているのか,,,」と大学教員を唸らすチャンスでもあります。つまり、最先端の最新の事例を示し、それを課題文の分析視角に沿いながら観察の記述をおこない、分析し、考察を提示することを大胆にもおこなうことができます。
(例えば、こうした事例など。朝日新聞デジタル 2023年12月6日付記事「『SNS→実際に会った』は15% 高校生が明かした実態に先生驚き」)
なぜ、大胆かといえば、2題のうち[文章B]に関してLGBTQなどジェンダーをめぐる最新の事例を紹介した際に、大学教員の答案想定範囲を超える可能性があるからです。例えば、自身なり友人なりのLGBTQをめぐる壮絶ないじめ、嫌がらせ、トラウマがあったと仮定した際に、それについて体験者としてつまり当事者として<語る>(記述する)、あるいは非体験者として<経験化>つまり内在化する作業の答案記述となることも考えられます。
(この事例は、[文章A]に戦争という極限状況、例外状況をめぐる<経験化>や体験の継承について論じる課題文が選ばれていることを踏まえています)
ここまで課題文に踏み込めば、現実社会の実態は、社会学なりクイア・スタディーズなり学問状況よりよっぽどドラスティックに変化しており、理論や研究や論考と実際の事例の乖離が明瞭な状況にあるといえるかもしれません(しかし、その乖離を考察することが学問全般や社会学のいわば醍醐味でもあります)。
したがって、本出題はさすが「横国」らしく、「本格派の出題でありつつ、どこかしらアーバンで、さばけた」印象があります。高校生らしく率直に現実状況を具体例として示したうえで、課題文の射程で捉えられる部分と、それだけでは捉えられないような実態にあることを記述することが(問3の500字という短い制限字数ではあるものの)一つの解答戦略として考えられます。
※学問において、ある分析視角や理論が、観察結果や現実状況に対応できないことは、人文社会科学でも自然科学でもよくあります。そうした際に、その分析視角や理論の射程に限界があると示すことも一般的です
※これはあくまで雑感ながら、問1・2ではしっかりと要約できる「論理をグリップする手堅い守り」、問3については「論理的な意味での攻め、ラディカルさ(鋭さ)」を示す答案を大学側は期待しているような印象もあります
国立大学による小論文問題としては珍しく「自身の体験に基づく記述」を求めるチャレンジングな出題です。都市社会共生学科がHPで謳う通り、思想・芸術、歴史学、人類学、政治学、社会学について基礎的な背景知識を持っておくことが、なかなか幅広い領域ゆえに時間も手数も必要とされるものの、きわめて有効な小論文対策となります。
【補足説明】
なぜ、「チャレンジングな出題」なのかについて、大学入試小論文の出題と答案をめぐる《論文形式》と《散文形式》の相克として次の四点に分けて説明しておこう。「論文と作文の違い」や「あなたの意見を述べよ」と「あなたの体験を交えて述べよ」について混同したり、戸惑う高校生が少なくないからです。
(小論文の書き方を参照のこと)
【事例1】神戸大学法学部
例えば神戸大学法学部の出題設問文では「あなた個人の見解を述べるのではなく、資料に書かれている内容に基づいて記述すること」とわざわざ明記されるなど、「私の体験談/体験記」を小論文試験の答案として求めていないと明示するケースもあります(神戸大学法学部[後期]一般選抜【小論文解説】)。
【事例2】看護系大学・学部
一方で、こうした「私の体験談/体験記」が求められるのは、看護系大学・学部です。なぜなら、将来就きたいと希望する内的な動機がきわめて重要となる高度専門職だからです。医師や看護師といった生命に直接関わる医療専門職に求められる職業規範は、内的な動機と高邁な理念が結びつきながら形づくられるからでもあるでしょう。
【事例3】周南公立大学
他方で、周南公立大学で大学側からの問題講評として「図表読解の問題では与えられた情報からどこまで論理的に課題解決の方法を論じられるかが重要であるが、図表には全く示されていない根拠のない情報(テレビで見た、等)を用いて飛躍した持論を展開する解答(私の祖父母は○○を実践している、等)も散見された」と示されていた通り、論文形式ではなく、散文形式で「私の体験談/体験記」を書く、つまり論文と作文とは異なる点を理解できていない大学入試小論文答案は非常に多いと思われます。当校受講生も一回目に提出する答案が論文ではなく、作文となってしまっていることが実に多い(周南公立大学校推薦選抜&総合型選抜&一般選抜【小論文解説】)。
【事例4】作文からの脱却
「私は」から書き始める小論文答案からの脱却は、この事例を参照願います。オンライン講義で「論文と作文の違い」についてわかりやすくレクチャーしたうえで(オンライン講義スライド抜粋)、オーダーメイドの個別指導を行うことで答案の質が圧倒的に向上し、この受講生は志望校に見事合格を果たしました(小論文の質が向上した当校受講生の事例)。
- 問題意識・問題提示 ~人間や社会にとってなにが重要なのかを示す
- 観察(の記述) ~具体的事例を上げたうえで、それについて説明する
- 分析 ~その事例はどのような特徴があるのか(どのような特徴があると導き出せるのか)
- 考察 ~①・②・③をふまえ、さらに鋭く結論としてまとめる
- 小論文に関する基本的な考え方や知識(①②③)
- 各大学の入試小論文解説(④)
- 正答例にくわえてWeb上での講義(⑤)
- 当校受講生の合格者の声(⑥)
を以下のリンクからみることができます。
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都市科学部 環境リスク学科[前期]
【ポイント】
都市社会共生学科と同様、ユニークな出題である。
課題文はNTTデータという民間企業の掲載記事です。新書や新聞以外に民間企業のHP記事を大学入試小論文の課題文に据えることは珍しいといえるのではないでしょうか。ましてや国公立大学であるため、またしても「横国」らしい「アーバンでカラッとしており、割り切り方がどこかスマート」な印象があります。
課題文は、「人工知能(AI)とは」をタイトルとしたわかりやすい短文です。
また、以下の見出しがとられています。
・そもそも「人工知能(AI)」をどうとらえるべきか
・AGI(Artificial General Intelligence:汎用的人工知能)はまだ存在しない
・「特定領域では人間を凌駕する能力を発揮する」
・ディープラーニングによってAIの精度が大幅に向上
・世代を超えた多様なAIの手法を適材適所で活用
設問の問1「すべての仕事がAIに取って代わられる」については、【中央大学 国際経営学部】2023年度 小論文解説・正答例の中で経済決定論(economic determinism)とともに技術決定論(technological determinism)として詳しく説明しているので、ぜひ参照されたい。
つまり、問1は技術決定論をどのように見立てるのかを問うています。
問2では、AIと日本における社会課題解決、その問題(課題)が設定されました。
人工知能と情報社会という現代の焦点ともいえそうなテーマです。
そうしたテーマに関する良質な論考も新書などで多くあるため、ここではやや唐突ながら当校講師による、将棋で名人位を三期、戴冠した実力派棋士、佐藤天彦九段との対話、インタビューを紹介しておこう。
課題文にもある通り、AIは例えば将棋など「特定領域では人間を凌駕する能力を発揮する」一方で、それを人間はどのように捉えればよいのかというテーマとして広げながら天才棋士に訊いたインタビューです。
佐藤天彦棋士の話している内容は、この横浜国大の出題に対しても、きわめて示唆に富んでいます。
以下にリンクを貼り付けておくので、問2に対するヒントとなれば嬉しい。
(【佐藤天彦九段・独占インタビュー①】藤井聡太竜王の凄みとは?棋士の計算能力?人間とAIそして将棋と将棋棋士の関係について)
※00:07:46あたりから問1「すべての仕事がAIに取って代わられる」について述べています
つまり、問2は人間、社会、技術の三項の関係について問う良問です。
改めて佐藤天彦九段が話されたことを訊いてみると、ここでのトーク内容がそのまま問2の答案、立論の柱になっていくのではないかと思われます。もちろん、日本における社会課題解決、その問題(課題)について直接的に討議しているわけではないものの、こうした議論を敷衍すればそれらに関する論考や検討へとつなげることができるでしょう。
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具体的な対策問題
過去問以外に、どのような問題に取り組むことが小論文対策になるかわからないといった相談の声が寄せられることがあります。
当校では、アドミッションポリシーを分析し、過去問以外で事前に取り組むべき対策問題を選定して提示するほか、時事課題論文については新聞記事から作問して用意するケースもあります。
当校からのメッセージ
※1 受講生には繰り返ししつこく伝えてきたところではありますが、本試験では当校なりが臨席したうえで隣で答案執筆の介助や補助線を引くことはもちろんできません。サッカー選手のように、ピッチ上に出場した選手としてドリブル、パス、ポジショニングの自己判断を下しながらそれらを一人で行い、局面を打開せねばならない。本解説も「受験生の多くが知りたい、手っ取り早い正答例や正答パターン」を示せば、当然それに引きずられて各位が答案執筆をすることになるため、極力避けるよう配慮したいと考えています。文章を書くという行為自体がきわめて内省的な営為だからです
※2 また、参考までに付言しておけば、国公立・私立を問わず、また志望校の難易を問わず、上記の他大学出題解説は役に立つものなので、閲読しておいてください(×「国公立だから関係ないや」「私立だから見なくていいか」)
※3 答案を執筆した際は、出題分析の質の高さが担保された添削講評を受ければ、いわゆる「書きっぱなし」にならずに済むため、当校ほかで提供している「単発添削」や「講座受講」を活用することを勧めておきます
※4 なお、当校講師は社会情報学、メディア研究で博士課程で修学した経験や私立大学で「情報社会論」の講師を務めた経験があるため、東大情報学環(大学院修士課程)入試や社会科学系大学院修士課程入試の論文指導も可能です
参考)東大情報学環・お茶の水女子大・一橋大 院試過去問
例えば、東大情報学環(大学院修士課程)入試では、次のように出題される(2020年過去問)。
院試では課題文は与えられないことが一般的です。
以下はお茶の水女子大と一橋大の修士課程の過去問(2023年)。
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